中学入試・革命前夜。 パターン化学習の無限ループから子どもを解き放て。

(株) 花まるラボ代表 川島 慶

思考力入試の革命前夜。大変革は起こるか。

中学入試は今、大きな転換点を迎えています。

昨年は、中学受験界(特に算数)にとって、「思考力元年」と呼ぶべき年でした(昨年の総括はこちら)。表面的な知識の詰め込みでは到底対応できない、「思考力の本質」を問う問題が明らかに増えました。

各校が旧来のスタイルから脱却し、詰め込みの知識ではなく、「自分で答えを見つける」力を明確に求める姿勢が見られました。

こうした明確な時代の流れの中で迎えた今年。
いくつかの超難関校が産んだ思考力重視の傾向は、そのフォロワーも巻き込み、確かな潮流となっています。

その一方で、あまりに高度な「知識」を求めるいくつかの難関校と、それをパターンに落とし込もうとする一部受験塾のいたちごっこは続いています。
新しい動きが明確なトレンドとして顕在化する中で、既存の枠組みが激しく抵抗する様は、さながら革命前夜のようだと感じています。

「気付き」と「抽象化」を問う。今年を象徴する美しい問題。

まずは新しい時代を象徴するような美しい問題を紹介していきます。

名門・麻布中学で出題されたのは、
「2のべき乗の下3桁が100ごとに循環する」ことに気付けるかを問う問題です。

これは、2のべき乗の下N桁は、4×5N-1ごとに循環するという、数学の美しさを背景にしています。こんなに抽象度の高い問題が「中学入試(=小学生に対して!)」に出題されるのは、日本だけでしょう。他にも、場合の数の分野として、今年を代表する素晴らしい問題がありました。

神奈川男子校御三家である聖光学院からは、何と東大入試でもよく取り扱われるテーマが出題されました。

この問題は、要するに

0≦x+y+z≦8
0≦x≦10 0≦y≦5 0≦z≦10
x=X 2y=Y z=Z
をみたすときの、
(X,Y,Z)の通過領域の体積を求めており、これは東大入試で頻出のテーマです。

この問題が素晴らしいのは、テーマとしては東大入試で出題されるような高度なものを扱いながら、それを小学生の学習範囲と発想力で解けるようにアレンジし、落とし込んでいる点です。
聖光は今年、この他にも小さい数で試行錯誤させ、ものすごく大きい数に抽象化して答えさせる規則性の設問など、今までに見たことのない美しい問題を出題しています。

同校は、他校に先駆けてChromebookを全校で導入し、出欠連絡、宿題提出に活用するなど、先進的な取り組みを行っていることで有名です。
紹介した問題を含めた入試問題全体の質しかり、教育プログラムしかり、日本を代表する中高一貫校になるという、強い意思を感じます。

象徴的な2校を紹介しましたが、今年も様々な難関校で、知識のみでは到底太刀打ちできない、思考力が求められるオリジナリティーに富んだ問題が出題されました。

首都圏でいくつかあげるならば、筑駒、桜蔭、武蔵、女子学院、雙葉、駒東、渋幕、渋渋、フェリス、浅野、浦和明の星などです。男女共学問わず、時代の流れとなっていると言えるでしょう。

盟主開成。求められ続ける「対策としての知識」。

翻って、中学入試の盟主、開成。

同校は例年、通常の入試対策の範囲を超える、方程式や平方根を含む三平方の定理などを使いこなせることが有利に働く問題を出題してきます。
その上で、受験生の誰も見たこともないような、思考力を試してくる問題も頻繁に出題されます。

今年も、問題そのものとしては非常に興味深いものの、中学入試の枠を超えた知識によって、圧倒的有利に立つことのできる問題が出題されました。連続する整数を奇数個並べる場合と、偶数個並べる場合の性質の違いを自ら発見し、その発見を抽象化し応用することが求められる出題です。

これは整数問題の奥行きの深さを凝縮したような、とても面白い問題ですが、対策としてパターン化しやすい問題でもあります。
これによって、また来年以降、開成対策をする生徒の負担が増えることが想像できます。

「目新しい」問題とパターン化対策の無限ループ。

学校側は、知識の詰め込みによる対策だけでなく、それらの知識を未知の課題に応用する力を持った子を集めたいので、かつて出題されたことのないような「目新しい問題」を毎年出してきます。

一方で、難関校受験を得意とする一部の受験塾は、合格者数がそのまま実績となるため、各校の問題を徹底的に分析し、パターン学習に落とし込んだカリキュラムを提供し、翌年の対策とする、ということを繰り返しています。

新しい傾向の問題に対しても当然、学習塾はパターン化しようと試み、多くの問題は実際にそうしてカリキュラムに組み込まれていきます。

もう数十年にも亘り、難関校と一部の塾はこのような「いたちごっこ」を続けてきたのです。多くの受験生にとって、これは消耗戦です。

中学受験には、一生モノの学力が身につくなど、素晴らしい側面も確実にありますが、「対策」という名のパターン学習の範囲が年々増え続け、本来の教育の本質とはかけ離れている現状も、残念ながら存在しています。

さらに、学校側も、自由に思考力を問うような問題を多く出題したくても、多くの受験生が「対策学習」に時間を割いている現状では、あまりにもそちらに傾倒しすぎるとテストの「篩(ふる)い」としての機能を十分に果たせない、というジレンマを抱えています。

結果として、止むを得ず、知識やパターンを試すような問題も毎年変わらず出題される現状があり、この無限ループは翌年以降にも綿々と続いていくのです。

思考力の本質を問い続ける。中学入試のあるべき姿がここに。

この無限ループを断ち切り、中学受験が、時代の流れとなりつつある「思考力の本質を問う」ための機会となるためには、どうすれば良いか。その解を示し続けているのが、神奈川の名門、栄光学園です。

栄光学園は、「知識」に依らず、「パターン化」することも困難な、本当の意味で考え抜く力、思考力の本質を問う問題を出し続けています。
これは、一見「目新しい」だけの問題とは大きく異なり、こういった問題を作ること自体が大変難易度の高い工程です。

今年でいえば、以下は非常に栄光らしい問題です。設定としては新しいものの、中学入試の算数の範囲を逸脱することなく、また、特定の知識が有利に働かないよう、熟慮して設計されています。

同校の問題で受験生が試行錯誤の末に行き着いた発見は、「その設問の状況にのみあてはまる」発見がほとんどで、パターン化が困難であることが特徴です。

例年、純粋な計算問題は一切出題されず、現在の首都圏中学入試で、最も純粋な思考力を問うことに成功しています。その意味で、パターン化対策を追求してきた一部の塾が、最も対策に苦労してきた学校であるともいえます。

無限ループから脱出して、一生を彩るような学びを。

昨年ご紹介したとおり、日本は古くから「算数大国」であり、中学入試問題の素晴らしさは、間違いなく日本が世界に誇れる「文化」です。

過度な知識追求とパターン化のループさえなければ、本記事で紹介した麻布や聖光の問題、開成がしばしば出すような問題こそ、文化として世界に誇れ、優れた人材を生み出すような、美しい問題だと思います。

幼少期の学びを方向付ける責任を担う有名校、そして業界をリードする学習塾には、「小学生の有限で貴重な時間が、一生を彩る糧となる学習の時間に変わる」ような出題の追求、およびその準備学習を模索してほしい、と切に願います。

そうすれば、日本には、世界を驚かせるような、考える力を持ち、学び、考えることが大好きな子が増えるでしょう。

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川島 慶

代表取締役 COO(チーフクリエイティブオフィサー)ワンダーファイ株式会社
東京大学大学院工学系研究科修了。算数・数学好きが昂じて学生時代よりベストセラー問題集「なぞぺ〜」の問題制作に携わる。2007年より花まる学習会で4歳から大学生までを教える傍ら、公立小学校や国内外児童養護施設の学習支援を多数手掛ける。2014年株式会社花まるラボ創業(現:ワンダーファイ)。 開発した思考力育成アプリ「シンクシンク」は世界150カ国250万ユーザー、「Google Play Awards」など受賞多数。2020年にSTEAM領域の通信教育「ワンダーボックス」を発表。算数オリンピックの問題制作に携わり、2017年より三重県数学的思考力育成アドバイザー。